「何もない町」
By Nihongo PathUpdated
Strategy notes: read these before the passage
- Anecdotes (the farmer, the mother) illustrate the abstract claim about the 'list'. When asked what an anecdote shows, connect it to the paragraph beginning つまり.
- Paragraph 5 is a careful concession: the writer distinguishes their view from naive romanticizing. Read 私が言いたいのはそうしたことではなく to see the exact position.
- The closing metaphor (目が育っていない) restates the thesis: what is missing is the way of seeing, not the place.
Passage
「うちの町には何もない」。地方出身の学生と話していると、この言葉をよく聞く。大きな商業施設もなく、有名な観光地もなく、若者が集まる場所もない。だから東京に出てきたのだと。私自身、二十年前に同じことを言って故郷を離れた一人なので、その気持ちはよくわかる。
だが、この「何もない」という言葉を、最近は少し疑うようになった。数年前、仕事で地方の小さな町を回る機会があった。人口八千人ほどの、確かに「何もない」町だ。ところが、そこで会った七十代の農家の男性は、私が三日間滞在する間に、山菜の見分け方、川の水位で天気を読む方法、古い神社の由来を、次々と教えてくれた。彼にとってその町は、「何もない」どころか、知り尽くせないほど豊かな場所だった。
「何もない」と感じるとき、私たちは何を基準にしているのだろう。おそらく、東京にあるもの、テレビや広告が見せるものだ。つまり、外から与えられた「あるべきもの」のリストと照らし合わせて、足りないものを数えている。そのリストに載っていないものは、どれだけ豊かでも「何もない」に分類される。山菜も、水位も、神社の由来も、リストにはない。
これは地方だけの話ではない。東京に住んでいても、「自分の人生には何もない」と言う人は多い。有名な会社、高い年収、多くのフォロワー。外から示されたリストと比べているかぎり、どこに住んでいても、何を持っていても、「何もない」は続く。
もちろん、地方に本当に足りないものもある。病院や学校、仕事の選択肢は、切実な問題だ。それを「豊かさに気づいていないだけだ」と片付けるのは、外から来た人間の無責任な美化にすぎない。私が言いたいのはそうしたことではなく、「何がある」と「何がない」の両方を、自分の目で数え直す必要があるということだ。
故郷を離れて二十年、私は最近、年に数回、実家に帰るようになった。母と一緒に裏山を歩くと、母は「ここは昔、桑畑だった」「この道は峠まで続いている」と、私が知らなかった町の姿を語る。子どものころ、私はそれを聞こうとしなかった。「何もない」と決めていたから、見えなかったのだ。
町は変わっていない。変わったのは、私が持っているリストのほうだ。何もない場所は、おそらくどこにもない。ただ、何かを見つけるための目が、まだ育っていないだけなのだと思う。
Vocabulary in this passage
- 商業施設しょうぎょうしせつ
- commercial facility
- 滞在するたいざいする
- to stay
- 山菜さんさい
- wild edible plants
- 水位すいい
- water level
- 由来ゆらい
- origin, history
- 〜どころかどころか
- far from ...
- 知り尽くすしりつくす
- to know exhaustively
- 照らし合わせるてらしあわせる
- to check against
- 切実せつじつ
- pressing, urgent
- 片付けるかたづける
- to dismiss (a matter)
- 美化びか
- glorification, idealizing
- 峠とうげ
- mountain pass
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